Nautilus

R380 History
資料
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日産ギャラリーにて
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アルミボディ製作工程
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フレーム製作工程
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プリンス自動車工業は第2次大戦中「隼」「零戦」等を生産していた立川飛行機、中島飛行機を全身に持っている。
戦後自動車製造に着手車名の変還を経て1961年プリンス自動車工業となる。
1963年より日本グランプリが始まるが、海外の純レーシングカー達の走行性能は多くの人たちに強烈な印象を与えた。
多くの航空機技術者を持つプリンスは、櫻井眞一郎氏を中心としたプロジェクト・チームによりいち早く本格的なレーシングカー「R380」の開発に取り組むことになる。

シャシはブラバムBT8の2シーターカー用スペースフレームを参考に製作。
ボディーは木製櫛型によりアルミニウムにて製作。
エンジンはDOHC直列6気筒1996cc、200馬力とした。
1965年に発表された「R380」は、高速試験を行い4種の速度世界記録をマークした。
1966年第3回日本グランプリにはシャシ剛性を強化して4台が出場しポルシェカレラ6、デイトナコブラ、トヨタ2000GT、フェアレディーS等を破り1,2,4位を獲得している。

同年日産と合併した後も日産R380−II、R381、R382と受け継がれ、いずれも輝かしい戦歴を残した。
時を経て1990年代櫻井眞一郎氏はS&Sエンジニアリングを興し1996年には当時の図面、資料に基づき1台のR380を復刻させた。
この復刻の際に現存する第3回日本グランプリの優勝マシンからFRPによる型取りが行われたのであるが、そのR380−T復刻車の車体型一式を2001年8月ノーチラススポーツカーズが譲り受けまた資料、技術、精神的な協力も得て復刻度の高いレプリカを実現すべく製作を行っている。